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東京高等裁判所 平成9年(ラ)2323号 決定 1998年3月13日

抗告人 大沼康弘

相手方 下坂久恵

主文

1  原審判を次のとおり変更する。

2  抗告人は、相手方に対し、60万円及びこれに対する本決定確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  抗告人は、相手方に対し、抗告人が○○株式会社から退職金を支給されたときは、612万円及びこれに対する同支給日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由

別紙「即時抗告申立書」に記載のとおりである。

2  当裁判所の判断

(1)  退職金について

将来支給を受ける退職金であっても、その支給を受ける高度の蓋然性が認められるときには、これを財産分与の対象とすることができるものと解するのが相当である。そして、本件においては、抗告人の勤務する企業の規模等に照らして、抗告人が退職時に退職金の支給を受けることはほぼ確実であると考えられる。

抗告人は、退職時期は、不確定であり、死亡する可能性もあると主張するが、退職金のうち財産分与の対象となるのは、婚姻期間に対応する部分であって、離婚後のどの時点で退職しようと、財産分与の対象となる退職金の金額は変わらないのであるから、抗告人が主張するような事情は考慮する必要はない。

ところで、退職金が仮に離婚前に支給されていたとしても、その全額が離婚時まで残存しているとは限らないし(何らかの消費的支出に充てられる可能性がある。)、夫が支給を受ける退職金について、妻の寄与率を夫と同一と見るのも妥当ではない。したがって、本件においては、退職金についての相手方の寄与率を4割とするのが相当である。

なお、抗告人は、加算給3万7020円は退職金算定の基礎となる給与の額に含めるべきではないと主張するが、これを裏付ける資料を何ら提出しないから、採用することができない。

以上述べたところによれば、本件において財産分与として相手方が取得すべき退職金の額は、次の算式のとおり612万円となる。

{抗告人の月額基本給40円×(離婚までの勤続年数33の支給率54-婚姻以前の勤続年数10年の支給率15)-30万円(所得税及び市町村民税の概算合計額)}×0.4(相手方の寄与率) = 612万円

(2)  住宅ローンの返済について

夫婦の協力によって住宅ローンの一部を返済したとしても、本件においては、当該住宅の価値は負債を上回るものではなく、住宅の価値は零であって、右返済の結果は積極資産として存在していない。そうすると、清算すべき資産がないのであるから、返済した住宅ローンの一部を財産分与の対象とすることはできないといわざるをえない。

抗告人の主張は理由がある。

(3)  養育費について

家庭裁判所が財産分与の額及び方法を定めるについては、「当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情」を考慮することができる(民法768条3項)。離婚後に当事者の一方が負担した子の養育費も斟酌することができるものと解される。

抗告人は、相手方は養育費の請求はしていないと主張する。しかし、原審における調停の経過を見ると、相手方が、財産分与に含めて、三女の協議離婚時から平成8年3月の定時制高校卒業までの月額5万円の養育費の支払いを請求したいと主張したが、抗告人が養育費についてはその支払いを求める申立てがされた後でないと話合いに応じられないとしたために、相手方は、追って養育費についても申立てをしたいと述べたこと、しかし、相手方は、その後、審理を迅速に進めるために養育費の請求は本件調停においてはしないこととすると述べていたこと、さらに、調停不成立時には、相手方は、別途養育費の請求をするかもしれないと述べていたことが認められる。このような経過に照らすと、相手方は、三女の養育費を請求する意思はあったが、調停の成立ないし審理が遅延することを恐れて、原審調停においてはその点についての具体的な主張・立証を差し控えたものであるというべきであって、相手方に養育費を請求する意思がなかったとはいえない。

したがって、本件において財産分与の額を定めるに当たって、相手方が三女の養育費を負担したことを考慮することは何ら不当ではない。

そして、平成7年度の生活保護法による保護の基準(1級地-1)によると、15歳~17歳の居宅第1類の月額は4万6290万円であり、18歳~19歳のそれは4万1100円である。生活保護の第1類は、個人単位の経費(食費・被服費等)であり、三女は平成8年1月14日に18歳になっているから、原審判が抗告人に支払いを命じた養育費(100万円のうち、住宅ローンの清算分が40万7616円、借地の更新料が30万円であるから、養育費はその余の29万2384円であり、月額約4万円である。)の金額は相当というべきである。

(4)  財産分与の額について

以上のとおり、抗告人は、相手方に対して、更新料30万円及び三女の養育費30万円(29万2384円を30万円とする。)の清算として合計60万円を即時支払い、○○株式会社から退職金の支給を受けたときは、そのうちの612万円を支払うべきである。

3  結論

よって、抗告人の本件抗告は一部理由があるから、原審判を変更することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 矢崎秀一 裁判官 筏津順子 彦坂孝孔)

(別紙)

即時抗告申立書

当事者の表示<省略>

抗告人・相手方間の水戸家庭裁判所竜ヶ崎支部平成9年(家)第90号財産分与申立事件につき、同裁判所が平成9年10月7日行った「1.抗告人は相手方に対し100万円とこれに対する本審判確定の日から支払済迄年5%の割合による金員を支払え。2.抗告人は相手方に対し、抗告人が○○株式会社から退職金を支給されたときは、769万1666円とこれに対する同支給日の翌日から支払済迄年5%の割合による金員を支払え。」との審判に対し、即時抗告をする。

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を水戸家庭裁判所竜ヶ崎支部に差し戻す。

との裁判を求める。

抗告の理由

1 原審判は、抗告人に将来支給されるであろう退職金について、離婚時に抗告人が任意に退職したと仮定し、退職金相当額を一定の控除をした後、審判時において、定年退職時迄7年を有しているにも拘わらず、将来現実に支給された時という条件を付し、769万1666円の支払を認めた。

しかしながら、これ迄の審判例においては、退職金については、既に受領ないし支給の決定したものが、清算の対象となるとするものである。

抗告人の場合、定年退職時迄7年という期間を残しているというもので、将来の退職時期や死亡という不確定な要素が介入する可能性も考えられるうえ、○○各社の大巾な累積赤字の存在などを考えた時、7年間もの期間を停止条件と付し、審判をすることは失当である。

又、原審判は加算給3万7020円を退職金計算時の俸給額とするが、これは明らかに控除されなければならないものである。

2 原審判は、平成3年12月と同7年5月から8月分の○△銀行への返済金38万4032円、及び同7年5月から8月分迄の○△○への返済金43万1201円の合計金の2分の1である40万7616円を財産分与の清算とするが、そもそも、平成3年12月分を算入したのは誤りであるうえ、これらの返済は抗告人の給料から行われ、その間相手方も本件建物を使用していたとの経過からして、これを清算の対象とすることはできない。

又、原審判は、相手方が養育費の一部を負担したのは明らかとして、29万2384円を財産分与の清算金として抗告人に支払を求めるが、そもそも相手方は申立の趣旨において右請求をしているものでないうえ、右金員の算出根拠は理由がない。

3 よって、抗告の趣旨のとおりの裁判を求める。

平成9年10月21日

右抗告人代理人

弁護士 ○○○○

東京高等裁判所御中

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